しずはた焼・鬼福(静岡県郷土工芸品)は縁起物
賤機焼(しずはたやき)という陶芸品ご存知ですか?
お恥ずかしながら、私は静岡市内の百貨店の伝統工芸展で知りました。
お友達の上棟祝いに・・・と思い、「鬼福」と言われる縁起物を購入しました。
※ 今回の投稿は、工房の方にブログ掲載許可をいただきました。
「鬼福」は、「鬼は外、福は内」の通り、外面が鬼瓦面、内側が福面となっています。
『賤機焼』(しずはたやき)の由来 (しずはた焼 秋果陶房のチラシより)
元亀3年12月遠州三方ヶ原の合戦に於いて徳川家康公にはその形勢が利あらずと見給うや、手勢引具して浜松城へと御帰城ありたりけり。城はみるみるうちに武田の勢に取り囲まれ蟻の這い出る隙間もなき有様、城中にては上下必死の覚悟を定め、家康公も今はこれまでなりと別れの御盃賜りける。
時に御旗本にさるものあり、最後の一策とて俄かに城門さって押し開き、時刻の大太鼓とうとうと打出し、折りしも節分の宵のことなれば、声高らかに「鬼は外、福は内」とぞ呼ばわりける。寄手の大将はその勢い只ならぬをみて、こわ油断のならぬ敵のふるまいかな、如何なる辺に如何なる伏兵もやあらんかと、遠く囲みをときて退きたり。かくとみて城中九死に一生を得たる思いにて歓喜の情に堪えざりける。
この時に当って家臣に太田七郎右エ門と云う者あり、さそくの機転をもて、内に福面を描き外は鬼瓦に模したる。
七五三、三つ組の盃を製し、その意は節分の吉祥と勝運を祝して千代八千代にと献上し奉りけるに、公は殊のほか感賞斜めならず悦び給いけるとぞ。即ち、賤機山麓に御朱印地二十五石とともに賤機焼(しずはたやき)の称名を拝領なし、以後代々に製陶の業をつぎ、駿府城、浅間神社、久能山東照宮等の御用をつとめ、又雅味豊かなる陶ものの生産に励んで時の士人にもてはやされ、業一段と繁昌を極めける。(「府中評判記」より)
◆ しずはた焼 秋果陶房 ◆
- 静岡市葵区柳町95 TEL.054-271-2480
- 陶芸体験、工房見学もできるそうです(要予約)。
投稿者:しずまち
学校で、体験をしました。
とてもむずかしくて、職人さんは、すごいなぁ。
と思いました!
コメントありがとうございます。職人さんて凄いですよね。